あすはひのきになろう

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劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン【感想】

violet-evergarden.jp

 2020年9月26日鑑賞。ネタバレありの感想です。未見の方はご注意下さい。

あらすじ

代筆業に従事する彼女の名は、〈ヴァイオレット・エヴァーガーデン〉。
幼い頃から兵士として戦い、心を育む機会が与えられなかった彼女は、
大切な上官〈ギルベルト・ブーゲンビリア〉が残した言葉が理解できなかった。
──心から、愛してる。

人々に深い傷を負わせた戦争が終結して数年。
新しい技術の開発によって生活は変わり、人々は前を向いて進んでいこうとしていた。
しかし、ヴァイオレットはどこかでギルベルトが生きていることを信じ、ただ彼を想う日々を過ごす。
──親愛なるギルベルト少佐。また今日も少佐のことを思い出してしまいました。
ヴァイオレットの強い願いは、静かに夜の闇に溶けていく。

ギルベルトの母親の月命日に、
ヴァイオレットは彼の代わりを担うかのように花を手向けていた。
ある日、彼の兄・ディートフリート大佐と鉢合わせる。
ディートフリートは、ギルベルトのことはもう忘れるべきだと訴えるが、
ヴァイオレットはまっすぐ答えるだけだった。「忘れることは、できません」と。

そんな折、ヴァイオレットへ依頼の電話がかかってくる。依頼人はユリスという少年。
一方、郵便社の倉庫で一通の宛先不明の手紙が見つかり……。

 出典:http://violet-evergarden.jp/story/

 

 

感想

 一言でまとめるととても「ずるい」作品だったと思います。まず開幕でTVシリーズ10話で登場したアン・マグノリアのひ孫が出てきて、10話の回想シーンを流すんですが、既にこの演出が卑怯なんですよね。こっちは死ぬほど10話見返しててパブロフの犬状態になっているわけで、こういう技法で泣かせてこようとするのはあまりにも安直というか、「ほらほら、泣けよ」という製作側の意図が透けてくるようでどうも肯定しづらいところです。そもそも未来編自体の存在意義もよくわからないんですよね。現在の時間軸と何かつながるのかなぁと思ったらそんなこともないし、時代を経ても手紙の良さは不変だよ、みたいなことが言いたいのかなと思ったら確かにそれっぽいシーンもあったけど尺が短すぎるし……。結局10話とのつながりを示したかったのと、ヴァイオレットの業績が後世にも残っているということがわかっただけで、そりゃ良かったけどそれだけ……?みたいな感じが拭えません。

 中盤で挟まるユリスくんのエピソードもまたずるい。あの作画で、あの演出で、あの演技で泣かないわけにはいかないでしょう。エピソード自体は先述の10話の構造における親と子を逆転させているだけで、10話の焼き直しとまでは言いませんが、それに近いものになっています。感動系の作品における難病や死は、鑑賞者を泣かせるための手段として頻繁に用いられるからこそ、作品の独自性を発揮して欲しいところなのですが、物語構造自体に大きな工夫は見られなかったように思います。とかなんとか偉そうなこと言ってますが、見てるときは普通に泣いちゃったんですよね。完全に演出が泣かせにきてるのでしゃーないんですが……。だってユリスくんのあんなやつれた姿とか、死という概念を理解できない弟くんとか見せられたらそりゃ泣くよ!!!でもそれと物語構造自体としての面白さとかメッセージ性とかは別に評価されてしかるべきだと思うのです。ユリスくんのエピソードで示された寓意って、もちろん「口に出して言えない言葉も手紙なら素直に言える」云々とか家族愛云々とかもありますけど、それはTVシリーズでも散々やった話で、新しい要素と言えば要はアイリスが言ってた「いけ好かない電話もやるじゃない」という移りゆく時代への肯定なんですよね。あとは様々な代筆を経て人の心情を推し量れるようになったヴァイオレットが依頼人の心情をきちんとくみ取れるようになったという成長を描写する、というのもあるでしょう*1。でもそれってどうしてもユリスくんの死を通して描かなければならなかったことなんでしょうか。ユリスくんは「死ぬために出てきたキャラクター」になってはいなかったでしょうか。泣ける話ではあったのですが、改めて振り返るとまだ考える余地はあるように思います。

 「あいしてる」を理解したヴァイオレットとギルベルトとの最終的な関係性の終着点も興味深いところでした(そもそも少佐生きとったんかワレェ!っていうのは置いといて)。代筆業を通して様々な「あいしてる」を知ったヴァイオレットが最愛のギルベルトと再会して結ばれてハッピーエンド。いやギルベルトお前ヴァイオレットのことそういう意味で愛しとったんか……というのも今は置いといて、違和感があったのはヴァイオレットとギルベルトが島での二人暮らしを選んだってところです。ヴァイオレットとギルベルトの間にある関係性がぱっと見恋愛関係的なものに落ち着いたことはわからんでもないんです。そりゃエンドロール後のカット見て、「え、くっついて終わり?」と思わなかったとは言いませんが、別に二人がキスするだとかセするだとかいうシーンが描かれたわけではないし、二人の言う「あいしてる」には当然恋愛感情以上の愛おしみが含まれてるだろうことは察せられます。だから僕の言いたい違和感というのは「少佐ロリコンやん!!」とかそういう話ではなく、「ヴァイオレットがC・H郵便社を辞め、ライデンから離れて二人で島で暮らすことを選んだ」ことです。最後の花火のシーンらへんで、社長がヴァイオレットに話しかけようとして彼女がいないことに気づいて涙を浮かべる、というシーンがあったんですが、このシーン以外でも見れば分かるように、社長だってヴァイオレットを愛していたんですよ。言うまでもなくここでの愛とは恋愛云々ではなく親子愛に近いものだと思いますが、TVシリーズで兄弟間の愛、親子間の愛に触れたヴァイオレットなら社長の愛に気づいてしかるべきでしょう。それを惚れた男と一緒になるために別れの挨拶もなしにいなくなるとは……*2。ストーリーに沿って考えるなら、いみじくもディートフリートが指摘したように「過保護」な社長からヴァイオレットが自立し、一人の女性となったということなんでしょうが、様々な「あいしてる」の形を示し続けたのが本作であるなら、社長のヴァイオレットへの愛に対する何らかのフォローは描写して欲しかったところです。

 という感じで、物語の大筋自体には割と言いたいこともあったんですが、物語を魅せるための演出は他作の追随を許さないですね。その点はマジですごい。例えば、最初に述べた10話回想のとこ、勘の鈍い僕はギリギリまで気づけなかったんですけどよく見たら間取りがあのお屋敷と同じだし、ママンが手紙書いてたテラスとかそのまんまで*3、多分見る人が見たら台詞で説明される前に気づいてたんだと思います。ネタばらしされたあと注意して見ると確かに電話はあるしラジオもあるし蓄音機もあるしで明らかにヴァイオレットの頃から時代が下ってるんですよね。ラストシーンのたっぷり尺を取ったヴァイオレットとギルベルトの対話では、あえて手紙の最後の一文を台詞にしなかったところとか、ヴァイオレットが泣きじゃくって言葉に出来ないとことかもすごくいい演出だったと思います。あと未来編で、デイジーと島民が親指を立てる仕草で通じ合ってるのも良かった。これら以外にも死ぬほどいろんな演出、仕掛けがあって、感想ググってたらその一部がいろいろ見つかります。あとは言うまでもないけど作画。あれになれてしまうと普通の深夜アニメなんぞ見れんですよ。泣いてるときに目元がピクピクなるところとかすごい。表情だけでなく、風景とか自然の描写もすごい。島を訪問したときの曇り空→雨の流れとか、もうすごいとしか言いようがないです(語彙力)。

 キャラクターに焦点をあてて言えば、社長とディートフリートは劇場版でめちゃくちゃ株を上げましたね。特に大佐はTVシリーズだとマジでただのクソ野郎でしたけど、本作で実はCV中田譲治のめちゃくちゃ怖いパッパがいて、それに反抗的に振る舞ってたら弟が自分をかばって代わりにパッパの希望に沿うように軍人を継ぐと言いだしたので弟への負い目を感じてる、という経緯が示され、さらにヴァイオレットとの交流を通してああいう喋り方しか出来ないコミュ障なんだ、ということもわかりました。不器用すぎるだろ……。社長も良かったですね。ベネディクトしかテニスに付き合ってくれないですし、子ども云々の前に結婚してないですし、カマキリにめっちゃビビるしでギャグっぽいとこが目立ってましたが、個人的には社長が腑抜けのギルベルトに「大馬鹿野郎!!!!」ってブチ切れるところが一番熱かったです。そう、ギルベルトがチキン過ぎるんですよね。いや自責の念みたいなのもわからんでもないけどここまでヴァイオレットが来てるのに会わないって往生際が悪すぎるぞお前……。

 最後に突っ込みどころを箇条書きでいくつか。

・最初から最後まであらゆるシーンでぶっ飛びまくる手紙

・家族があとで戻ってくるって言ってるのにゴリゴリ代筆するヴァイオレットさん

・拾ったリボン返そうとしただけなのに日頃の行いのせいでボコされかける大佐

・「この帽子も、少佐が……」「……いや、それは私のだ」スッ……(帽子を戻す)

・ユリスくん危篤の一番シリアスなシーンでがっつり映るベネディクトのシークレットブーツ

・いつの間にか島まで来てる大佐

・「先生に手紙渡して下さいね」「うん、絶対渡すね!」→カラカラと滑車で降りてくる手紙……

・海が遠浅で良かったな

 いろいろ書きましたが、TVシリーズを見たなら見といた方が良いと思います(京アニの映画は大体そういう感じですが……)。多分もう何周かするので、何かあれば追記します。

*1:ユリスくんとの対話でガンガン彼の心情を言い当てていくヴァイオレットさん……。

*2:仕事を片付けてから引っ越してる以上実際はきちんと社長や同僚とはお別れをしてるんでしょうし、その後一生会わなかったわけでもないでしょうが。

*3:テラスまで出て「あれ、なんか既視感あるな」とは思ったんですがそれ以上気づけなかった