あすはひのきになろう

ライトノベルを中心にいろんなコンテンツの感想を記録していきたいブログ

いつか僕らが消えても、この物語が先輩の本棚にあったなら【感想】

 

2021年9月15日読了。

 

あらすじ

青春の全てを捧げた、小説の世界は――戦場だった。


柊海人の日常は全てが灰色だった。可愛い妹と何かと気に入らないことがあればすぐに激昂してしまう父。アンバランスな家庭を守るため、アルバイトに明け暮れ、将来のことなんて考えられなかった。
天谷浩太の日常は全てが虹色だった。幼いころから欲しいものは何でも与えられ、何をしたって上手くいった。そんな二人に文芸部部長・神楽坂朱音は小説の世界の素晴らしさを説いた。そして、囁く
「君たちのどちらかがプロデビューして、私を奪って欲しい――」
いびつな関係の3人が小説という名の戦場に出揃うとき、物語は動き出す。小説に魅せられた少年少女が贈る、本物の青春創作活劇!

出典:https://mfbunkoj.jp/product/itsukabokuraga/322003001224.html

 

 

感想

 荒削りながら熱量のある作品でした。

 メインとなる3人のキャラ以外は物語の要請から逆算して作られたものだと明らかに分かってしまうのはやや残念です。妹は主人公(の一方)に小説家になるにあたっての枷をはめる役割、文芸部の先輩たちは主人公に小説を書くにあたっての様々な心構えを説く役割をそれぞれ担うだけの存在になってしまっており、しかもそれが露骨です*1。また、単巻完結のつもりであるならば、メインヒロインとなる部長の過去が意味深な匂わせにとどまり、十分掘り下げられていないのも問題だと思います。全体的に「やりたい物語」を作るためのシチュエーション作りが強引で、特に海人の家庭環境回りはその傾向が顕著です。出会った少年が父親に日常的に暴力を振るわれていると知ったならば、まずすべき行動はその少年に小説の書き方を教えることではなく、児童相談所に通報することでしょう。また、本棚を背景にこちらをまっすぐ見つめる表紙イラストは魅力的なのですが、本文イラストではモノクロなのも相まって部長と副部長の描き分けができていなかったのも残念でした。

 しかしながら、誰でも物語を紡ぎ、それを広く公開できるこの時代における物語論としては、なかなか面白かったと思います。何故書くのか、何のために書くのかというあり方を示す点において、また物語が作者にとって、また読者にとってどのような存在であるかという点における肝要な部分がよく抑えられていたのではないでしょうか。時系列をいじってレースの結果を引っ張る展開も定石っちゃ定石ですが面白かった。また、盛り上がるシーンは本当に熱くて、キャラを通じて作者の熱量がうかがえました。キャラを通して作者が見えることが好印象につながったのは個人的にはかなり希有な例です。「読む側」でしかない自分にとっては、「書く側」の心情を垣間見ることができる作品でした。

*1:副部長だけはその選択の関係上ちょっと異質かもしれません