あすはひのきになろう

ライトノベルを中心にいろんなコンテンツの感想を記録していきたいブログ

フィールダー/古谷田奈月(集英社)【感想】

 

2022年12月13日読了

 

あらすじ

迎え撃て。この大いなる混沌を、狂おしい矛盾を。
「推し」大礼賛時代に、誰かを「愛でる」行為の本質を鮮烈に暴く、令和最高密度のカオティック・ノベル!

総合出版社・立象社で社会派オピニオン小冊子を編集する橘泰介は、担当の著者・黒岩文子について、同期の週刊誌記者から不穏な報せを受ける。児童福祉の専門家でメディアへの露出も多い黒岩が、ある女児を「触った」らしいとの情報を追っているというのだ。時を同じくして橘宛てに届いたのは、黒岩本人からの長文メール。そこには、自身が疑惑を持たれるまでの経緯がつまびらかに記されていた。消息不明となった黒岩の捜索に奔走する橘を唯一癒すのが、四人一組で敵のモンスターを倒すスマホゲーム・『リンドグランド』。その仮想空間には、橘がオンライン上でしか接触したことのない、ある「かけがえのない存在」がいて……。

児童虐待小児性愛ルッキズム、ソシャゲ中毒、ネット炎上、希死念慮、社内派閥抗争、猫を愛するということ……現代を揺さぶる事象が驚異の緻密さで絡まり合い、あらゆる「不都合」の芯をひりりと撫でる、圧巻の「完全小説」!

出典:https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-771807-2

 

 

感想

 総合出版社で社会問題に対する論説を発表する雑誌を編集しており、自身も積極的にデモなどに参加してきた男性を主人公に、彼が仕事のなかで出会った児童問題に取り組む女性に小児性愛の疑いをかけられたため、それを晴らすため彼女に接触するパートと、趣味のソシャゲでレイドを組む人物が抱える問題に徐々に迫っていくパートに分かれています。社会問題全部のせ!みたいなコピーですが、確かに児童虐待やソシャゲ、炎上等々様々な問題が盛り込まれており、なかでも「かわいい」という言葉の持つ加害性は大きな位置を占めています。

 本作には様々な価値観や立場の人物が登場し、その誰もがある程度共感できるものの、全肯定しがたい、みたいな印象を抱かせます。本作自体が複雑な問題を単純化して語ることを拒否しており、取り上げられているような問題に対し解答を示すタイプの作品ではないため、一見「色んな社会問題にいっちょかみしてやろう」みたいな中途半端な作品に見えてしまうかもしれません。しかし、矛盾をはらんだ社会やその縮図としての総合出版社、そしてそこで働く主人公自身の「筋は通さない」という発言を踏まえれば、本作がそうした矛盾を抱えたまま描くからこそ、今の時代を生きる我々に気づかせるものがあるのだとわかるでしょう。

 終盤の展開と主人公の行動からは、様々な問題をはらむこの社会では、自分がどの問題にコミットするかは自ら選び取る必要があり、それによって生じる不幸なこと、取りこぼされてしまうこともあるけれど、コミットした先には何らかの事態の好転がありうる、みたいなことが示唆されているように感じました。黒岩の長文メールは読者を巧みに引き込む読ませる力があるし、ソシャゲと現実を行き来させる構成も面白い。主人公のゲームを邪魔されたことを発端とする、社会運動に携わる理由付けも印象的。物語の展開、「いま」を切り取る視線の鋭さ、それをエンタメ作品に落とし込むレトリックの巧みさ、いずれも極めて高いレベルで完成されている作品でした。