あすはひのきになろう

ライトノベルを中心にいろんなコンテンツの感想を記録していきたいブログ

流浪の月/凪良ゆう(東京創元社)【感想】

 

2021年11月21日読了。

 

あらすじ

あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

出典:http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488028022

 

2020年本屋大賞受賞作品。第41回吉川英治文学新人賞候補作。ノミネート時の選評はこちら

 

 

感想

 いまいち合わなかった。「ちょっと変わったおうちの女の子」だった主人公が、父親の死をきっかけに母親に去られ、夜ごと部屋にやってくるガキのいる親戚の家に預けられ苦しい思いをしていたところに、「ロリコン」の男が現れ、家に招かれます。そこで主人公は結構楽しい思いをするんですが、当然長くは続かず、誘拐事件として世間の明るみに晒され、成長したその後……みたいな感じで話が続きます。

 単純に続きは気になりますし、ドロドロした題材の割にはサクサク読めます。一方で、主人公と文の関係性をやたら美化、正当化しようとする姿勢には疑問を感じます。主人公は幾度となく「誘拐時に文は私に何もしなかった」と繰り返し、文に対しても性欲を抱かないことが語られますが、そこまでプラトニックな関係を誇張する意図はなんなんでしょうか? 終盤への伏線にも見えますが、自分には二人の関係性を美しく見せようとする演出に見えて、鼻につきました。というか行為があろうがなかろうが未成年を略取した時点で罪なんやで。

 主人公が何より突き抜けているのは、周囲の声を

せっかくの善意をわたしは捨てていく。

だってそんなものでは、わたしは欠片も救われてこなかった。(p.271)

と一刀両断に切り捨ててしまえるふてぶてしさです。これには一種の清々しさを覚えました。この前のくだりにある、捨て台詞的に性的暴行の真の加害者を他者に対して明かす振る舞いも、悪趣味な意趣返し*1に見えて、あまり愉快ではありません。

 本作のテーマに、「周りに理解してもらえない生きづらさ」みたいなのがあると思うんですが、何のことはない、主人公は別に周りから理解してほしいわけではなく、最初から最後までただ「文と一緒に暮らしたい」という自身の欲求に従った行動を取っているだけなのです。みんながみんな、こんなに好き勝手行動できるなら「生きづらさ」なんてもんはこの世には存在しないのではないでしょうか。面白いのは、一般的な読者から見て、第一印象が「おかしい」主人公に対して、「まともそうに見えて主人公と同等かそれ以上におかしい」登場人物をぶつけることで相対的に主人公が「おかしくない」ように見せているところですね。様々なキャラが衝突を繰り返すことで転がっていく展開は純粋に面白かったです。

 「生きづらさ」という点で言えば、ネタばらし的に秘密が明かされた文の方が、先天的なものである分周りからの理解を得ることが難しいのではないかと思いました。主人公は自身の欲求のために「生きづらさ」を抱えていますが、文の方のそれは主人公の物とは性質の異なるものです。文の視点の物語も、もう少し描写して欲しかったような気がします。

 「善意の」警察官しかりやプロローグとエピローグの高校生たちといった、作中に出てくる悪役ポジの人々にも、どうもモヤモヤが残ります。特に後者は露骨に悪役ですが、彼らは彼らの持つ情報から彼らの良識に従った判断を下したに過ぎません*2。例えば文の病、二人のプラトニックな関係、真の性的暴行の加害者といった十分な情報を与えれば、彼らの意見も変わるかもしれません。もちろんその情報を信じないという可能性も十分ありますが、そうした情報を隠しておいて*3、彼らを非難する(メタ的には批判的に描く)のはちょっとおかしくない?という気がします。情報が足りなければ誤った判断を下すのは当然で、情報不足ゆえに誤った人々(大衆)に対して、「自分たちは傷つけられた」と被害者面をする方がちょっと誠実でないように自分には思われました。かといって、ニュースで見るような事件やら何やらを一般人が全ての情報を得た上で評価するのは不可能なわけで、じゃあ我々はそうした事件などに対して何も意見することはできないのでしょうか。

 主人公たちは「自分たちの善悪判定は自分たちでやるから、部外者は部外者で勝手に善悪判定したら?」という突き放した態度ですが、この態度があらゆる局面で通じるとは思えませんし、むしろ通じてはならない場面もあるでしょう。どうにも主人公と文の美化が先行し、二人に対立する立場を露悪的に描きすぎたことで、かえって反発を招いてしまったように思いました。

*1:「あなたたちは私に勝手に同情してるけど、私が誰に暴行されてたかも知らないじゃん」みたいな。「じゃあもっと前に言えよ、成長してからも言うタイミングあったやろ」と思ってしまう。文の擁護がしたいならなおさら。

*2:ロリコンは全員死ね」が良識的な判断とは全く思いませんが。こういう露骨に悪と断罪できる存在を主人公たちと対置することも描写としてはやや卑怯に映ります

*3:大々的に公開することではないのは分かりますし、そうしろという意味でもない