あすはひのきになろう

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アイの歌声を聴かせて【感想】

ainouta.jp

2021年11月4日鑑賞。

ネタバレありの感想です!未鑑賞の方はご注意下さい。

 

あらすじ

景部高等学校に転入してきた謎の美少女、シオン(cv土屋太鳳)は抜群の運動神経と天真爛漫な性格で学校の人気者になるが…実は試験中の【AI】だった!
シオンはクラスでいつもひとりぼっちのサトミ(cv福原遥)の前で突然歌い出し、思いもよらない方法でサトミの“幸せ”を叶えようとする。 彼女がAIであることを知ってしまったサトミと、幼馴染で機械マニアのトウマ(cv工藤阿須加)、人気NO.1イケメンのゴッちゃん(cv興津和幸)、気の強いアヤ(cv小松未可子)、柔道部員のサンダー(cv日野聡)たちは、シオンに振り回されながらも、ひたむきな姿とその歌声に心動かされていく。 しかしシオンがサトミのためにとったある行動をきっかけに、大騒動に巻き込まれてしまう――。 ちょっぴりポンコツなAIとクラスメイトが織りなす、ハートフルエンターテイメント!

出典:https://ainouta.jp/introduction.html

 

 

 『イヴの時間』『サカサマのパテマ』の吉浦康裕が原作・脚本・監督を務める青春SF映画。共同脚本を『コードギアス 反逆のルルーシュ』『プリンセス・プリンシパル』『SK∞ エスケーエイト』シリーズ構成の大河内一楼が担当。キャラ原案は漫画『海辺のエトランゼ』がアニメ映画化を果たした漫画家の紀伊カンナ、キャラデザ・総作監は『ハチミツとクローバー』『のだめカンタービレ』『クロックワーク・プラネット』の島村秀一。『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』OPテーマ「starlog」や『小林さんちのメイドラゴン』EDテーマ「イシュカン・コミュニケーション」を手がけた作詞家・松井洋平と『ACCA13区監察課』OP・EDテーマや『プリンセス・プリンシパル』OP・EDテーマを手がけた作曲家・高橋諒が作品を彩る劇中歌を担当します。アニメーション制作は今年既に『ARIA The CREPUSCOLO』『クドわふたー』の2本の映画も制作したJ.C.STAFF

 傑作と推すには素朴すぎるきらいはありますが、単なる佳作にとどめておくには惜しい、良質なエンターテインメント作品でした。

 AIが日常に普及した時代を舞台に、自分の通う学校に転校してきた少女が、研究者の母が作った人間そっくりのAI・シオンであると知ってしまった主人公・サトミ。彼女はとある事情から学校では孤立していた。やってきていきなり「サトミは今、幸せ?」と問い、学校でミュージカルを繰り広げるポンコツのシオン。案の定、数人のクラスメイトに彼女の正体がばれてしまう。サトミは母のため、彼女の正体を秘密にして欲しいと頼む……みたいなのが序盤。

 まず言及すべきは、ミュージカル作品としての本作の側面でしょう。多くの鑑賞者は、僕と同様に「急に歌うよ」的ミュージカルに親しみ深くはないと思います。本作は、まさにそうした鑑賞者を想定した作りになっていて、転校してくるやいなや歌い出すシオン*1にクラスはドン引きですし、披露する1曲目は歌詞も直球過ぎて、聞いていてちょっと恥ずかしくなるくらい。はじめは作中人物たちも我々と同じく急に歌い出すやつはおかしい、と認識しているのです。が、主人公たちと一緒にシオンに親しむうちに、いつの間にか鑑賞者にも謎ミュージカルを受け入れる下地ができあがって、中盤の最も盛り上がるシーンでは主人公と一緒に感情を昂ぶらせることができ、歌詞も語彙力が上がってより訴求力が強くなっている。慣らされているだけとも言えますが、これによって主人公と同じ立場からシオンを眺めることができるようになっていて、シンプルながら効果的な作りになっていると思いました。「歌うこと」がきちんとストーリーのレベルで意味を持つよう落とし込まれているのも好感触ですし、土屋太鳳ネキの美声にも引き込まれる。この方、歌が上手くて歌詞が聞き取りやすいってのはもちろんなんですけど、かすかに棒っぽいというか、明るいんだけどどこかつかみどころのない演技もむしろシオンの機械っぽさを表現することにつながっているように思われて、本人が意図してやってるのかそれ込みで抜擢されたのか知りませんが、良い配役だと思いました。サブスクにもうサントラがあがっているのですが、ミュージカル曲はやっぱり映像があってこそですね。曲単体でも良いのは良いんですけど、やはり映像を見た後だとちょっと物足りない。もし未鑑賞でここまで読んでいる人がいるなら、特に予習とかせずに、いきなり劇場に行って音楽にぶん殴られて欲しい。

 ストーリーは非常に素朴です。序盤の美男美女カップルの挿話と柔道少年の挿話は、話自体は通り一遍といった感じで、画面の楽しさは置いておいて、これと言って強く惹かれるお話ではありません。ここはあくまで中盤~終盤に向けての仲間集めパートみたいなもんでしょう。本作のハイライトは、何と言っても中盤最も盛り上がるトウマの告白?シーンです。ここは是非とも劇場の大画面で見て欲しい。AIものにお約束の暴走か?みたいな匂わせホラーからの上げ、という展開の上手さとともに、AIの予想外の行動がマイナスのものとは限らない、という後述する本作を貫くどこまでも明るい素朴な科学観、技術観に裏打ちされているのも良い。「みんなで歌う」という演出に自分が弱いというのを差っ引いても、ソーラーパネル風力発電機を使った演出にはしびれますし、単純に画面がめちゃくちゃ強い。まぁこのあとサゲが来ることは容易に予想できてしまうのが難と言えば難か……? 全体を通して、ストーリーの「こうなるやろなぁ」という予想が裏切られることはほとんどない*2んですが、わかっていても、心揺さぶるのが演出や音楽、画面の妙だと思わされます。ただ、ここが一番の盛り上がりだったのはちょっと残念な気も。個人的な希望で言えば、やっぱりラストに一番盛り上がるミュージカルシーンを持ってきて欲しかったと思わなくもないです。

 ストーリーの面で興味深かったのは、先にも少し触れたどこまでも素朴な技術観です。AIものでここまで底抜けに明るいのはちょっと見たことがない、ってくらい明るい。ぱっと見よくあるお話に見えて、実は稀有な気がします。地面から空(月)へ、校舎から屋上へ、地階から上階へ、といった下から上への動きが繰り返し繰り返し用いられていて、これは技術の発展を非常にポジティブに捉えていることの象徴のように思われました。告白(邪魔が入るけど)シーンの花火も下から上へ上がってましたね*3進歩した技術は人間と寄り添うし、人間もその技術の中に温かみを見出すことができる、という今後の科学技術の発展に捧げる讃歌のような物語で、かえって新鮮に感じました。予定調和的/ご都合主義的ハッピーエンドと穿った見方をすることもできそうですが、ツダケン支社長の(言い方はともかく)意見もある意味正論であること、最後に「堂々とやりなさい」と主人公の母に命じる会長の付け加えたあくまでも営利追求が第一目的だということわりなどには、最低限の対立意見を担保する意図があったのではないかと思います。

 構造として面白いのは、各所で散々指摘されていますが、機械の中に自発的に心が芽生えるわけではないことです。シオンが「サトミを幸せにする」という至上命題*4に取り組むうちにサトミのことが好きになった!みたいな直接的な描写は(多分)なくって、シオンがあくまでも機械として目的を達成するために試行錯誤する様を見るうちに、周囲の人間たちが彼女に対して感情移入*5し、彼女の幸せについて考えるようになる。そして、サトミがシオンに対して「あなたは今、幸せ?」と問いかけることで初めて、シオンが自らの半生を振り返って「幸せ」を自覚する≒自らに心を見出す、という構造は、一見従来の「AIと心」ネタと類似しているように見えて、異なるんですよね。人間が頑張る機械を見て勝手に感動してるだけなんだけど、そういう反応を返せば、機械の方もそれに応えてくれる、というある種の願望的なストーリーラインになっていること、機械が心を見出すには、人間からの働きかけが必要であるということが、自分は好ましいと感じました。前後半でサトミとシオン、両者のまなざしが反転する対比構造は、構成としても綺麗です。この非常にポジティブかつ素朴な技術観は本作の大きな魅力であると同時に、(必ずしも否定的な意味ではありませんが)限界を示すキーワードではないかと思います。

 さらに本作を良作に仕上げているのは予定調和的な物語と表裏一体にあるエンターテインメント性の高さです。ミュージカルシーンはめちゃくちゃ楽しいし、単純にクスッと笑えるようなシーンがとても多い。ごちゃごちゃ考えなくても普通にさらっと見て十分面白いんですよ。キャラ造形はやや単純なきらいはあるものの、あるキャラがどのような性格の人物であるか、を鑑賞者に伝えるのが非常に上手かった。シオンの転校シーンが最も顕著です。不機嫌そうなアヤ、立ち上がるけどサトミの助けにはなれないトウマ、そんな彼らを見てさらっとフォローできるゴッちゃん、みたいな。特に良かったのは母親像ですね。完璧な母*6ではないけれど、現代における理想の母親*7、みたいな印象を受けました。

 あと忘れずに触れておきたいのはキャラデザの良さ。アホ毛などのアニメ的誇張表現を少なめに抑え、髪色とか髪型*8もリアル寄り。一目で目を惹くキャッチーさや、特別な可愛さ/格好良さはないけれど、この世界のどこかにこんな子たちがいてもおかしくない、そう思わせる秀逸なキャラデザで、作品世界と非常にマッチしていました。

 すごい褒めてる感じしますけど、はじめにことわったとおり、傑作と推すには本作を貫く素朴な技術観はネックになりますし、ストーリーやキャラの単純さもやや引っかかりになります。ただ、これらの短所が長所と表裏一体の関係になっているのが本作の面白いところで、そこも含めて、自分はとても好ましいと思いました。できれば劇場で見て欲しいですが、もし後にテレビ放送された際には是非見て欲しい、一見の価値ある作品です。

v-storage.bnarts.jp

*1:こいつ、歌う時息吸うんですよね

*2:オチのオチだけは序盤の伏線を忘れていたので、ちょっと驚いたけど、予定調和感が強いことに変わりはない

*3:花火が上に打ち上がるのは当たり前っちゃ当たり前ですが

*4:ちょいちょい暴走しているように見える――例えば消去されそうになるとネットワークに逃げ込むとか――けど、あくまで命題が達成できていないがゆえの行動であって、命令を逸脱する/命令に反する行為はなかったはず

*5:心を見出す、と言っても良い気がします

*6:失敗すればやさぐれるし、鏡にグラスもぶつける

*7:言動を抑制する理性があるし、子どもの願いを受け入れ、協力する度量の広さと行動力がある

*8:個人的にやたら髪ハネキャラが多いの好き