あすはひのきになろう

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砂の上の1DK/枯野瑛(角川スニーカー文庫)【感想】

 

2022年9月23日読了。

 

あらすじ

人に宿った未知存在と青年スパイ、期限付きの逃亡生活が始まった。

産業スパイの青年・江間宗史は、任務で訪れた研究施設で昔なじみの女子大生・真倉沙希未と再会する。
追懐も束の間、施設への破壊工作(サボタージユ)に巻き込まれ……
瀕死の彼女を救ったのは、秘密裏に研究されていた未知の細胞だった。
「わたし、は――なに――?」
沙希未に宿ったそれ=呼称“アルジャーノン”は、傷が癒え身体を返すまでの期限付きで、宗史と同居生活を始めるのだが――
窓外の景色にテレビの映像、机上の金魚鉢……目に入るもの全てが新鮮で眩しくて。
「悪の怪物は、消えるべきだ。君の望みは、間違っていないよ」
終わりを受け入れ、それでも人らしい日常を送る“幸せ”を望んだ、とある生命の五日間。

出典:https://sneakerbunko.jp/product/1dk/322205000214.html

 

 

感想

 『終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?』の作者の最新作。研究所の火災によって怪我を負った女子大生の命をつなぐと同時に彼女に寄生した謎の細胞=アルジャーノンと主人公の短い同居生活を描きます。

 いきなり謎の生物の説明から入るよりも、ちょっと引っ張ってから正体明かした方が良くない?みたいな情報を開示する順番や、大して重要でもないキャラの説明が妙にしっかりあるのが引っかかったりもしましたが、そんな細かいところより、一番どうなったのか気になるところの描写をすっ飛ばしてエピローグに行ったのに驚きました。確かに、どういう経緯を経てエンディングにつながるかは読者の皆さんの想像におまかせします、というスタンスは全然ありだし、そうすることで良い具合に物語に余白ができているっていう側面もあるとは思うけど、それでもあの場面からいきなりふわっとしたハッピーエンドにつながるのはいささか唐突な印象もあって、自分の中でも賛否両論感がある。基本的に蚊帳の外だった沙希未視点を一貫して取っているなら読者からも重要なシーンが隠されるのも納得だけど、プロローグとエピローグ以外はそんなことないしなぁ……。何か見落としているのかもしれません。

 それはそれとして、ストーリーの感触自体は悪くなかった。途中で黙って映画見るくだりがあったり、主人公が元カノと会ったりするタイプのお話ですね。不特定の人々の悪意によって周囲ともども苦しんだ過去を持つ主人公が、ストレートに思ったことをぶつけてくるアルジャーノンとの出会いを通して自らを省みる。チャラい友人ポジションのサブキャラも良い。

 ただ、アルジャーノンが人ではない存在と強調されている割にあっという間に人間らしく振る舞いだすし、守ってやりたくなるようないじらしさを持っているので、結構受け入れやすい。もう少し人でないものに対する忌避感の要素があっても良かったのかもしれません。主人公は沙希未の身体を奪ったことから突き放した態度を取ってますけど、これは親しみを感じていることの裏返しですしね。落ち着いた文体でゆったりした雰囲気を持つ一方で、展開はやや駆け足気味なところもあり、先述した肝心なシーンの描写を省いているので、物足りなさは否めません。