オーバーライト ――ブリストルのゴースト【感想】
2021年9月18日読了。
あらすじ
グラフィティ。それは俺と彼女の想いすら鮮やかに上書く、儚い絵の魔法――
イギリスのブリストルに留学中の大学生ヨシは、バイト先の店頭で“落書き”を発見する。それは、グラフィティと呼ばれる書き手(ライター)の意図が込められたアートの一種だった。
美人だけど常に気怠げ、何故か絵には詳しい先輩のブーディシアと共に落書きの犯人探しに乗り出すが――
「……ブー? ずっと探していたのよ」
「ララか。だから会いたくなかったんだ!」
「えーと、つまりブーさんもライター」
ブーディシアも、かつて〈ブリストルのゴースト〉と呼ばれるグラフィティの天才ライターだったのである。グラフィティを競い合った少女ララや仲間たちと、グラフィティの聖地を脅かす巨大な陰謀に立ち向かう挫折と再生を描いた感動の物語!
第26回電撃小説大賞《選考委員奨励賞》受賞作。
出典:https://dengekibunko.jp/product/overwrite/321910000148.html
第26回電撃小説大賞《選考委員奨励賞》受賞作品。受賞時の選評はこちら。受賞時のタイトルは『グラフィティ探偵――ブリストルのゴースト』。
感想
面白い題材なだけに、物足りなさがないと言えば嘘になります。
作者はライター出身のようで、なるほど、必然性の薄い英語ルビを振った文がやたら多いのは引っかかるものの、文章は明快で読みやすい一方で、話運びには若干のぎこちなさがあります。受賞時のタイトルに「探偵」と入っているとおり、謎解きのエッセンスも入っていますが、確かにタイトルに「探偵」を掲げるには弱いです。また、改稿前の選評でも口を揃えて指摘されていますが、「グラフィティを描く人」に焦点があてられていて、題材となる「グラフィティ」そのものに十分焦点があたっていないため、グラフィティの魅力自体を伝えきれていない印象があります。作者の実体験を一定程度もとにして書かれたようですが、作者自身はグラフィティの魅力を生で感じていたとしても、読者はそうではありません。まずはグラフィティそのものの魅力を伝えた上で、それに関わる人々に焦点をあてるべきだったのではないでしょうか。作者の「人」を描きたい気持ちが先行していたように感じます。中盤以降は登場人物の熱量ばかりが先走って、ちょっと置いてけぼり感がありました。
グラフィティそのものを描いたイラストがまったくなかったのもやや残念です。実在するバンクシーの作品の写真は掲載されていましたが、作中人物が描いたグラフィティのイメージをイラストで見たかったです。読み手それぞれで想像して欲しいということなのかもしれませんが、例示がないがゆえにグラフィティという題材を身近に感じがたかった*1ところもあるような気がします。
とごちゃごちゃ言いはしましたが、題材自体はオリジナリティがあって面白く、それだけでこのジャンルでは大きな強みになります。キャラも突き抜けるところはないものの、手堅い魅力を備えています。伸びしろという意味では、これからまだまだ面白くなる可能性を秘めていると思うので、続きにより期待して読みたいと思います。
*1:ただでさえ犯罪行為ですし