老虎残夢/桃野雑派(講談社)【感想】
2022年8月7日読了。
あらすじ
第67回 江戸川乱歩賞受賞作。
最侠のヒロイン誕生!
湖上の楼閣で舞い、少女は大人になった。
彼女が求めるのは、復讐か恋か?各選考委員絶賛!
綾辻行人「論理的に真相を解き明かしていくスタンスにはブレがなく、スリリングな謎解きの演出も◎」
京極夏彦「南宋の密室という蠱惑。武侠小説としての外連。特殊設定ミステリという挑戦。愉しい」
私は愛されていたのだろうか?
問うべき師が息絶えたのは、圧倒的な密室だった。
碧い目をした武術の達人梁泰隆。その弟子で、決して癒えぬ傷をもつ蒼紫苑。料理上手な泰隆の養女梁恋華。三人慎ましく暮らしていければ、幸せだったのに。雪の降る夜、その平穏な暮らしは打ち破られた。「館」×「孤島」×「特殊設定」×「百合」!
乱歩賞の逆襲が始まった!
感想
面白かったです。宋の時代を舞台に、湖の孤島で死んだ師匠の謎を、弟子である主人公が解いていくというお話。武術を極めることで水面さえ歩けるような世界観で、割とぶっ飛んでいるんですが、自然と「まぁそういうもんか……」と受け入れてしまえるのがすごい。作者の説得的な語りによるものか、はたまた東洋の神秘のなせる業か……。ぱっと見要素盛りだくさんで取っつきづらそうに見えますが、特殊な用語はしっかり説明があるし、高校世界史レベルの知識があればより楽しめるものの、知識ゼロでも十分理解できそうで、リーダビリティは高い方だと思います。
謎解きそのものの過程よりも、むしろ話が進むにつれて謎が深まっていく師匠の意図と、一気に大きく広がるスケール感、登場人物それぞれの生い立ちや関係性などが非常に魅力的で、引き込まれました。密室のトリックそのものはこじんまりとしてましたが、登場人物たちそれぞれの思いが交錯した結果が事件につながった、という構成が良かったですね。キャラクター自体は割と紋切り型で、閉じられた空間で基本ずっとお喋りしているだけ*1なのですが、それでもここまで読ませるのは、ミクロな事件をマクロな企みにまで広げ、途中に登場した様々な要素を回収していく語りの上手さに他ならないでしょう。
本筋とはズレますが、選考委員の一人は「主人公カップルが同性であることに必然性をまったく見出せませんでした」(p.328)と述べていますが、かえって自身の了見の狭さを露呈しているように感じました。必然性がなくちゃ同性カップルは本格ミステリに登場しちゃいけないのかとか、異性カップルだったら必然性はなくていいのかとか、そういう疑問を措いても、主人公が同性カップルだからこそ、もう一人の女性キャラの独白も自然なものになっていたのではないかと思うのですが、どうでしょう。もちろん、改稿前の出来がどのようなものだったかわかりませんが。
*1:たまに思い出したようにアクションシーンが入るけど